第16回

庄子隆弘さん「海辺の図書館」館長(宮城県仙台市)

心に大きな痛手を負った時、人はどのような過程を経て立ち直っていくのでしょうか。

荒浜再生への思い

庄子さんは、震災の経験を生かそうとする各地の講演にも招かれてきました。他の地域の人と話すことによって、改めて荒浜という地域は面白いところだったと実感したそうです。日々の暮らしにも独特の生活文化があった地域でした。

「荒浜は、長い白砂の海岸線、貞山(ていざん)運河の水と自然など豊かな環境に恵まれています。仙台市の中心部から30分程のところに、これだけ豊かな自然があるのは魅力です。ここを訪れる人達は、日々の喧騒から離れることができる。これだけ広い場所なので、人が大勢集まったとしても他の人の声が気にならない。これから観光果樹園やスポーツ施設ができて観光的な部分が広がって行くことになります。跡地利活用では地元住民が使える公共利用ゾーンも残しています。

私自身は荒浜の土地を残さなくてはいけないという思いがあります。ただその様に考える荒浜の元住民は少ないのが事実です。ほとんどの人が新しい環境で暮らすことになって生活再建で精いっぱいなこと、また、凄惨な状況を見てしまったため荒浜に来られないという人も多いのです。でも、元住民の人達にもまた荒浜に足を運んでもらいたいのです。集う場所も機会も無くなってしまったのですが、去年は2日間、今年は4日間だけ海水浴場が開かれます。そこにも来てほしいなと思います。

私は、仙台市が荒浜を『災害危険区域』として居住禁止にしたのは、あまりにも性急ではなかったかと思っています。元住民として、自分の住んでいたところから理不尽な移転を余儀なくされたことには疑問もあるのです。『災害危険区域』という指定はまだ検証すべきことで、将来は人が住めるようになってほしい。もしも指定が解除されるとなれば、人が集う場所や賑わいをつくったりすることとは別に考えていかなければいけないと思っています。仙台市の中で荒浜がいい場所だということを発信し続けていきたい、それが荒浜に住むことができなくなった自分が、今、やっていけることなのだと思っています。」

家の基礎のみ残る集落跡

家の基礎のみ残る集落跡

 

人とのかかわりで気づいたこと

被災地慰霊に大勢の人が荒浜を訪れています。人と接することによって、はじめて気づくこと、引き出されることがあると庄子さんは言います。それが自立へとつながります。かかわることでお互いが変わっていく、それは尊重して寄り添うことから始まるのです。

「震災後に企業や学者やいろんな人たちが入ってきて、好き勝手なことを言うことに違和感を覚えていました。一方で、ただ通り過ぎるのではなく、その地域に滞在してそこの魅力を知ろうと、荒浜の地域の思いもくみ取ってくれる人たちがいます。『オモイデツアー』を企画している『3.11オモイデアーカイブ』の人たちは、仙台の沿岸部の暮らしが魅力的であったということを伝えようとしています。理解してくれる人と触れ合いつながることで、荒浜の人たちも誇りと自信を取り戻すことができたのではないでしょうか。それってすごいんじゃあないと言ってもらうことが、別の視点から魅力を再発見することになったわけです。この土地の魅力を自分たちで発信するのも大事だけれども、外の視点がないと不十分です。外の視点を入れることでどんどん活動が発展していったこともあり、人とかかわっていくことは大事だなと思います。」

荒浜とはこんなところだったと語ってきた大人は、語ることで救われた部分もありました。子どもたちはどうでしょうか。「メモリアル交流館」や「HOPE FOR project」など他の市民団体と一緒に活動する中で、子どもたちの胸中に気づいたそうです。震災当時小さかった子どもたちは、心の中にはいろんな思いを抱えつつ、吐き出すことができないでいること。話す場もないけれども、しゃべったところで「震災から7年もたっているのに、まだそんなことを言ってるの」と言われたりもするので口に出せない、でもそういった子ほど育ってきた荒浜というものを大事だと思っていること…。これからは子どもたちに、この荒浜というところに住んでいたことに誇りを持ってもらいたい、そのためには子どもたちの気持ちを伝え、自分の思いを残したいという大人との間を取り持つ機会や場を作る橋渡しの役割も必要です。

海辺の図書館

庄子さんは、海辺の図書館の役割として二つのことを考えています。一つ目は自分たちが経験した震災の記憶を伝えること、二つ目は震災前の荒浜の暮らしや風習を記録すること。ふるさとを失った元住民が集い、昔の暮らしを話したりできるところを「海辺の図書館」の中にも設けて発信を続けていきたいし、また、荒浜に集まってくる人が自由に活動できるような後押しも今後の課題で、賑わいや、多様な人々がくつろげる空間も作っていきたいとのことです。

「海辺の図書館」というのは、村上春樹の『海辺のカフカ』という小説からとっています。都会で傷ついたり人間関係でつまずいたりした人たちが図書館に来て、図書館の人と本に出会ってまた立ち上がり、自分がいた場所に戻っていく、自分を見出す場として図書館が舞台として描かれています。「図書館は誰も拒絶しません。誰をも受け入れる、そういった場が仙台という都市近郊の荒浜にあるといいなあと思います。」と庄子さんは語ります。
図書館には誰もが自由に入って好きな本を読み、手に取った本の中で体験したり考えたりします。「海辺の図書館」で、実体験を通し、人を通じ、その人なりの行き場を見出してほしいという願いが伝わってきました。

住宅跡地に立つ海辺の図書館

住宅跡地に立つ海辺の図書館

 

 

インタビューを終えて

「海辺の図書館」の外にあるベンチに腰かけてお話を伺いました。通りかかる人はみんなが声をかけて行きます。昔からの助け合いや、分かち合いがあった地だと聞いてはいましたが、そのとおり人情味あふれる暮らしがあったことをうかがい知ることができました。

荒浜で地元小学校の3年生と「次世代を担う子どもたちによる植林活動」をしています。6月26日には「おじいさんおばあさんになった時に見に来てね」と言いながらクロマツを植樹しました。子どもたちは「マツが大きくなって、東日本大震災の時の様な大津波から守ってくれるようにと願って植えました」とテレビのインタビューに健気に答える一方で、「震災の日に生まれた妹は、いろいろと言われるのが嫌で誕生日を秘密にしているんだよ」という内緒話も聞こえてきました。震災の爪痕を癒し、克服していくのも長い道のりです。

植樹活動を終え白砂の海岸で遊ぶ子ども達。 防潮堤と点々と生き残った松が背景に見える

植樹活動を終え白砂の海岸で遊ぶ子ども達。防潮堤と点々と生き残った松が背景に見える

 

庄子隆弘さん
「海辺の図書館」館長