第12回

岩崎昭子さん(岩手県釜石市鵜住居町)/旅館「宝来館」女将、佐々木虎男さん(岩手県釜石市鵜住居町)/「根浜ハマボウフウ研究会」会長

クロマツ、ハマボウフウ、ハマナス……、海岸の植生を取り戻し、箱崎半島全体でラグビーW杯の観客をもてなしたい

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2019年ラグビーワールドカップを機に再び根浜ににぎわいを

平成27(2015)年3月2日。東日本大震災から4年を迎えようとしていた釜石はひさびさの朗報に沸きました。 平成31年に開催される「ラグビーワールドカップ2019」日本大会の国内12開催地の一つとして、岩手県釜石市が選ばれたのです。市の中でもひときわ喜びに沸いたのは、スタジアムの建設候補地である鵜住居地区の東部・根浜地区の人たちでした。この地区にある旅館「宝来館」では決定の瞬間をみんなで迎えようと120人が集まり、開催地のひとつとして「釜石」の名が呼ばれると、拍手と歓声に包まれました。

宝来館の女将である岩崎昭子さんは、ワールドカップ(W杯)招致のために活動してきた一人です。岩崎さんは単にW杯の開催を目指してきたわけではありません。生まれ育った根浜地区は戦後、海水浴場を中心に観光業で栄えた地域。「もう一度、観光で人が集まりにぎわう場所にしたい。W杯がそのきっかけになれば」という強い思いがありました。

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「白砂青松100選」にも選ばれた根浜海岸は、ワカメ漁などが盛んな箱崎半島の入り口部分にあたります。鵜住居川の河口近くから大槌湾に面し、2キロにわたる広く白い砂浜と松林が、海水浴場、景勝地として親しまれていました。2011年の東日本大震災の大津波は根浜地区をも襲いました。14メートルの津波は、海岸から道路1本隔てて高い場所にあった宝来館の2階まで達しました。岩崎さんや従業員、地域の人たちは、裏山の避難路を駆け上がり、海水に飲まれながらもなんとか山に逃げました。

60数世帯の根浜の集落は、ほとんどが流され、みな仮設住宅の生活を余儀なくされましたが、40世帯以上は再び根浜に戻ることを決め、もとの集落の山側を切り開き、移転先として造成することになりました。2014年6月から造成工事が始まり、2016年夏には造成工事が終わった土地で住宅や災害公営住宅の建設ができるようになる見通しです。

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大規模な造成工事が続くなか、2015年6月に残念な知らせがありました。津波で失われた根浜海岸の砂浜が自然に再生するには少なくとも360年かかると釜石市が発表したのです。調査の結果、震災の前と後の航空写真を比較すると、長さ1・5キロの海岸線が約300メートル後退しているというのです。約50万立法メートルの砂が沖などに流されたと分析されました。釜石市は人工的に砂浜を再生する方法をさぐっています。

たくさんの植物がある海岸を取り戻したい

行政の動きとは別に、根浜の人たちは自分たちにできる方法で、震災前の根浜海岸を取り戻すために動き始めていました。「津波の前、根浜にはクロマツやハマナス、ハマボウフウ、ハマグミなどたくさんの植物があって、それが当たり前のことだった」と振り返るのは、元漁師で、現在は市内の仮設住宅で暮らす佐々木虎男さんです。佐々木さんは、津波の時、避難を呼びかけるため海岸近くにあった半鐘を最後まで鳴らし続けていました。避難路からその様子を見ていた人たちは佐々木さんは助からなかったかと絶望しましたが、間一髪、宝来館の階段を駆け上って逃げることができたのでした。

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長年、海で生きてきた佐々木さんは津波によってたくさんのものをなくしましたが、根浜の海や海岸への思いは変わりません。「津波で壊れたのは家や建物、防潮堤や橋ばかりと思われているけれども、自然も破壊されたんだ。自分の生まれ育った根浜の自然を取り戻して、震災前の根浜に少しでも近づけたい」。その思いは被災直後から揺るがないものでした。震災前の根浜を取り戻したいという佐々木さんの思い、そして根浜を再び人の集まる場所にしたいという岩崎さんの思いによって、2014年2月、地域で10名ほどが集まって新しい団体が発足しました。「根浜ハマボウフウ研究会」です。

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ハマボウフウはセリ科の多年草で、地中深くに伸びた根には薬効があると言われています。昔は全国の浜辺の砂地で見られましたが、近年は限られた浜にしか生息しない希少な植物になっています。震災前の根浜海岸は、春になるとハマボウフウが芽吹き、夏には濃い緑が砂浜に彩りを添えていました。

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