第10回

齋藤智博さん(宮城県山元町)/山元町牛橋行政区長

山元町の区長さんが地元の生業、震災と海岸林を語る

宮城県山元町の地図はこちら

rensai_10_01

山元町の紹介

山元町は、宮城県の東南端に位置し南は福島県と接しています。東には直線的な砂浜海岸が仙台湾に面し、西は阿武隈山地の山並みがそびえています。砂浜海岸は約11kmに渡り、その9割の海岸に防災林が造成されていました。

気候は年間を通して温和で、積雪が少ない町で、基幹産業は、恵まれた自然環境を生かしたイチゴやリンゴ栽培等で、県内有数の生産量を誇ります。また、磯浜漁港から水揚げされるホッキ貝も、県内1位の水揚げ量です。

震災を語る

巨大地震による大津波は、海岸林を破壊し、町の中心部を走る国道6号線近くまで達し、町の面積の37.6%が浸水しました。この津波で636人の尊い命が失われました。さらに、鉄道・道路をはじめとする公共交通機関や電気、上下水道など生活に不可欠なライフラインは、復旧が困難なほど破壊・寸断され、水田、いちご畑、漁港などの産業基盤も壊滅的な被害を受けました。

山元町牛橋地区で行政区長を務める齋藤智博さんの実家(自宅)は、海から1.2kmの場所にありましたが、津波は一階の天井付近まで達しました。齋藤さんは、大学卒業後就職のため上京しました。また震災の時は、仕事の都合で仙台に住んでいたとのことでしたが、お父様が一人暮らしでもあったので、震災2年後の平成25年2月に郷里に戻りました。

齋藤さんから震災の頃の話をお聞きしました。「自宅から海が見えるなんて、信じられませんでした。震災前は松林があったので、こんなに海が近いとは思っていませんでした。」「山元町で多くの人が亡くなられたのは、津波が到来した時刻は、農家の方々が、いちごを北海道市場に運ぶトラックの時間に間に合わせるため出荷に追われていたので、津波情報が発信されても、まさか津波が来るとは思っていなかったからではないでしょうか。」牛橋地区では、69名の方が亡くなられました。津波の第一波は北東(三陸沖方面)から、第二波は南東(福島沖方面)からで、津波は渦を巻いていたそうです。「自宅近辺には津波で倒壊した海岸林の根付きのマツがゴロゴロしていました。マツは、根が浅いそうですね。このマツの流木が、引き波のとき牛橋河口に堆積し、川の流れを悪くしていました。」「牛橋河口は、山元町の流域面積の7割ぐらいの水が集まる場所です。牛橋河口の流木が全て撤去されたのは、今年(平成27年)の4月です。今年9月11日に県内で大雨による被害がありましたが、もし流木が撤去されていなかったら、この地区も大変なことになっていたかもしれない。」とのことでした。

rensai_10_02

子供の頃の思い出~海岸林、浜は生活の糧でもあった~

齋藤さんは、子供の頃に遊んだ浜や海岸の松林はよく覚えているとのことでしたので、その頃の話を伺いました。
「子どもの頃の遊び場は海で、ホッキ漁の手伝いをしました。当時ホッキ船は小型なので入り江が無くても、浜から船を出し入れして出漁していました。その船の移動の手伝いをして駄賃にホッキを貰っていました。それが嬉しくて、松林を抜けてよく駄賃稼ぎに浜に遊びに行きました。」ホッキは貝の王様といわれ、山元町産は肉厚で身が柔らかく、全国的にも有名です。磯浜漁港では、津波で壊滅的な被害を受けた漁港施設と共同利用漁船の整備が完了したので、平成26年12月から町特産のホッキ貝の漁が本格的に再開されました。

海岸林の思い出は、「子供の頃は、海岸の松林でアミタケ、ハツタケ、キンタケ、ショウロが採れました。その頃は、地域の人達で海岸松林を管理しており、地区ごとに管理する松林個所が決まっていたと記憶しています。」「熊手で松葉かきをし、それをリヤカーで持帰り、焚きつけにしました。松林の管理は、プロパンや石油ストーブが普及すると、徐々に行われなくなりました。砂浜にはハマボウフウがあり、採って食べました。」最近の動きとして、山元町の語り部の方が中心となって(なぜ語り部の方が?理由があれば追記ください)、ハマボウフウを復活しようとしているそうです。「震災前は、牛橋地区の住宅地の周囲にはたくさんの居久根(いぐね)*1があり、屋敷や畑を風から守る働きをしていましたが、津波により今はほとんど残っていません。居久根にはマツが植えられており、マツカサや枝を集めて、燃料にしていました。また、大きくなったマツの木は、二男や三男の家を建てる時に屋根などの梁材として提供されていました。」

このように、居久根のマツや海岸の松林は生活に密着した存在でした。

 

*1 居久根(いぐね):風雪などから家屋敷を守るために植えられた屋敷林のことで、主に仙台市を中心とした、東北地方の太平洋側で呼ばれている名前です。居久根は、燃料や用材、肥料にも利用され、農家の暮らしに必要な役割を果たしてきました。屋敷林は居久根の他、砺波平野の「垣入(かいにょ)」、出雲平野の「築地松(ついじまつ)」などが有名です。