レポート | 投稿日: 2015.09.25

視察報告:吹きすさぶ北西風から庄内平野を包み込み守る“海岸林”と、これを守る地元のヤングオールドパワー

野庄内海岸林〔湯野浜〜浜中〕 提供:庄内森林管理署

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上空から撮った庄内海岸はこちら

東日本大震災により大きな被害を受けた太平洋側の海岸林の再生活動を進めるに当たり、海岸林が地域の生活を守るため重要な役割を果たしている山形庄内地域を、9月1日〜2日の2日にわたり庄内森林管理署の全面的な協力を得ながら視察しましたのでご紹介します。

1. 砂と強風から地域を守ってきた海岸林の歴史

庄内平野は、その昔は鬱蒼とした森林に覆われていたと言われています。かつて度重なる戦火や製塩などのために、無秩序な伐採が行われ、森林の荒廃が進みました。このため、庄内平野は、江戸中期頃には、冬の寒く台風にも劣らない強い北西風により、内陸部まで砂塵が吹き荒れ、荒涼とした砂混じりの砂丘と平地が続いていました。砂が舞うと天空は黒くくすみ、人々が歩行するのも困難でした。また、家々は毎年砂に埋もれ、田畑の荒廃も進み、廃村になる地区もあったと言われています。冬の風の強さは、海岸の汀線から1km離れたマツ林の中でさえも、海岸から吹く風により木々が内陸部の方向に傾いていることからも推察ができます。
その被害は想像を超えるものであったと伝えられています。こうなると、海岸砂丘には自然に任せても草木も生えない状態が継続していきます。こうした惨状を見かねて、江戸中期に本間光丘、佐藤藤蔵などの地元有力者が私財を投じ、また、庄内藩なども公共事業として森林再生に向けて失敗を重ねながら、居住区域周辺の松の植樹などを進めていきました。明治に入り、海岸林の造成は、国、県の事業として進められましたが、戦中戦後の混乱の中、薪炭や松ヤニ採取などで伐採され、再び海岸林は荒廃し飛砂の進入による被害は深刻になりました。

飛砂に飲み込まれる民家。昭和8年 山形県庄内地方 出典:国土緑化推進機構 全国植樹祭60周年記念写真集

このため、国が1951年から「海岸防災林造成事業」を実施し、地元の営林署(現・森林管理署)などが地元住民の深刻な声を背景に海岸線直近の最前線の海岸林再生を進めました。具体的には、海岸線に葦簀(よしず)を用いて海岸の前線の砂丘地に葦簀垣を立て、北西の風で運ばれてくる砂を堆積させていきました。ここが砂で満杯になれば、さらにその上に葦簀垣を立てて砂を溜め、この繰り返しにより10m程度の丘(マウント)を前線に造成しました。その砂地には、植生誘導のためハマニンニクなどの砂草植物、その次に砂移動を止めるためのアキグミなどの静砂木を植栽して、砂丘の安定と飛砂防止を図りました。このように前線一帯を整備しつつ、背地にクロマツ等の植栽を進めました。この作業を何十年もかけて行い、延長34kmに及ぶ海岸林が再生されました。

海岸防災林造成事業が開始され、クロマツを植栽している様子 提供:庄内森林管理署

今回、先達が苦労して再生した庄内海岸林の最前線における森林管理署の維持保全状況の視察、また、内陸に少し入った海岸林を活動拠点にして、海岸林の維持管理にととまらず、環境教育などに取り組む「万里の松原に親しむ会」との交流会を開催しましたので、感想を交えてご説明します。

2. 庄内森林管理署 伊巻署長らの案内で海岸線を2か所2㎞程歩いて感じたこと

森林管理署庁舎内で庄内海岸林の造成の背景、造成方法等について説明を受けました。この説明の要点は前段1のとおりです。なお、戦後の造成事業において、重たい苗を担ぎ、植栽に携わる写真がありましたが、登場したのは地元の女性達でした。殊更に当時の苦労を強く感じられました。

概要を説明する伊巻署長。庄内森林管理署庁舎にて

その後、バスで海岸に向かい、現地のマツ林の中に入りました。写真からは読み取りにくいですが、マツは全て傾いていました。

クロマツの海岸林を抜けて海岸に向かうところ。鶴岡市湯野浜国有林

ここから砂草地に抜け出ましたが、そこには海岸汀線から10mの高さにならんとする砂丘が立ち上がっていました。

それは砂の土手または堤防のようにも思える壮大な構造物でもありました。これは、砂丘垣を設置し、自然の力で運ばれた砂を堆積させながら、徐々に高くしていき築いたものです。戦後、「海岸防災林造成事業」等を通じて、試行錯誤と苦労の積み上げで造成したのがこの前砂丘です。

海岸線に沿って構築された 10m程の高さの前砂丘

前砂丘は完成すればこれで安泰というわけではありません。常に強風と高波による浸食の脅威に晒され、一度砂丘の頂点が崩れると、そこが抜け道になり、勢いを増した風が吹き抜けます。その結果、更に丘への抜け道が拡大します。これを放置すれば、先人の苦労が水泡に帰すことは間違いありません。このため、傷が小さい間に砂丘垣を設置するなどして、砂の堆積を図り復旧に努めているとのことです。

前砂丘が崩壊した箇所に葦簀による“砂丘垣”が設置されている

また、このように前砂丘が崩壊した箇所の後背にあるマツの前列は、枯損や赤く変色している場合が多いとのことです。抜け道から吹く抜けた砂交じりの潮風の圧力に耐えられず、枯損したと思われます。

前砂丘が崩壊した箇所の背後のマツ林。前列部分が枯れている

前砂丘の存在が、海岸林保全の上で必要であることが分かりました。砂草が生育不十分だと、前砂丘の崩壊や前線の植栽マツへの飛砂による被害が発生してしまいます。延長34kmにも及ぶ海岸林を維持管理することは大変な事ですが、その中でも前砂丘の傷んだ箇所の早期発見と対処が大切で、いかに海岸の最前線部を守り抜くかが重要であることが、現地の状況から理解できました。

最後に前砂丘の後背地で植栽試験をしている箇所を見学しましたが、土壌を30〜40cm掘り返した箇所の苗木の活着が良いことに、改めて環境条件の厳しい中では人工的に対応でき得る措置を講じることの大切さを痛感しました。

耕耘した箇所(奥)のマツの生育は良いが、手前の耕耘していない箇所はマツの生育状況が悪いことが明らかである