第7回

櫻井孝義さん(宮城県東松島市)/野蒜北部丘陵振興協議会高台移転部会役員

よもや津波が我が家に…。今は街の復興にがんばる。
民間団体の公募による海岸林再生活動が動き出す東松島市から

宮城県東松島市の地図はこちら

被災した住宅跡地に立つ櫻井さん:後方の石は新築宅へ移設(平成27年2月)

ブルーインパルスの基地もある東松島市

東松島市は、宮城県東部に位置し、平成17年4月1日に矢本町と鳴瀬町が合併して誕生した市です。仙台市から北東に約30kmの距離にあり、市の南側は太平洋に面し、東部は田園地帯が広がる平坦地、中央部は丘陵地帯、西南部には日本三景“松島”の東端にあるもう一つの松島である“奥松島”があります。矢本地区の海岸付近には航空自衛隊のアクロバットチーム“ブルーインパルス”の航空自衛隊松島基地があります。

九死に一生を得たあの日

市は平成23年3月11日の東日本大震災で、市の面積の36%が浸水し、1000人を超える尊い命を失い、多くの住宅、都市及び産業基盤が破壊され、壊滅的な被害を受けました。津波の高さは、野蒜地区では10.35m、大曲浜地区では、5.77mを記録しました。

櫻井さんに震災時の話を伺いました。櫻井さんの趣味はツーリングですが、体力づくりのため、当日は一人で宮戸島をサイクリングしていました。帰路の途中で大きな揺れに遭遇したので急いで帰宅しました。自宅は、海水浴場がある野蒜海岸から1kmほど内陸にある“東名(とうな)運河”*の近くにあります。自宅には夫人と孫の二人がいました。「砂浜の野蒜海岸に津波が襲ってくることなど考えてもいませんでした。津波は、リアス式海岸のような入江になっているとこに来ると思っていました」。帰宅してから、まず水の確保を始めました。大きな地震があったので、断水になると思ったからです。風呂に水を貯めていたところ、自宅に水が入ってきたので、孫は夫人がおんぶして急いで二階に避難しました。水は二階まであがり、腰まで浸かりましたが、幸い水はそれ以上あがらず、九死に一生を得ました。一時間ぐらいで水が引いたので、避難場所の野蒜小学校を目指して歩き始めました。しかし、引き水で足が取られ小学校には避難できなかったので、郵便局に避難しようとしましたが、瓦礫が多くて入れませんでした。最終的にJR野蒜駅二階の奥松島公社事務所に避難しました。事務所には14~15人が避難しており、そこで一晩過ごし、翌日小学校に移りました。事務所にはストーブがあり、暖がとれました。櫻井さんが住んでいる地区で、津波で流されなかった住宅は、櫻井さんの住宅を含む2~3軒でした。住宅は、損傷がひどく住める状態ではなかったので、7月に解体しました。

東名運河沿いに残った松(平成27年2月)

海岸林の思い出を語る

櫻井さんは、震災時は市の西部の野蒜地区に住んでいましたが、生まれは市の中央部の小野地区です。小野小学校(現鳴瀬桜華小学校)に通学していた頃の海岸林の思い出について、話を伺いました。櫻井さんが通学していた小学校は、海岸より4km程内陸に入った鳴瀬川の近くです。「小学校の頃の思い出は、遠足と海岸近くの子ども達が松葉拾いをしていたことかな」。遠足では、野蒜海岸の松林を通って左に野蒜海水浴場、右に東名塩田跡地を見て日本三景“松島”が一望できる四大観**の一つ宮戸の大高森に登りました。小学校から大高森までは相当の距離がありますが、歩いて行ったのか、陸前小野駅から野蒜海岸駅まで電車に乗ったのか、記憶が定かではないとのことです。海岸近くの小学校では、鳴瀬川の河口付近の松林で燃料にする松の落葉を集める“実どりひろい”が行われていました。「“実どりひろい”の時は、学校が休みになったと聞きました」。「私は、内陸の学校なので、イナゴ採りと落穂拾いをしました」。

野蒜地区に移り住んだ頃の話も聞きました。東名運河の近くに引っ越したのは櫻井さんの長女が小学校1年生のときでしたから昭和58年頃です。「子ども二人を連れ、海岸の松林の中を歩いて海水浴に行きました。被災するまでは、犬を連れて松林をよく散歩しましたよ」。松林では、アミッコやキンタケ等のキノコが採れました。松林の中に“かんぽの宿”がありますが、宿泊客がキノコ採りをしていたそうです。野蒜海岸と東名運河の間には、アカマツとクロマツで構成している約10haの“余景(よげ)の松原”***があります。野蒜地区には、ソフトボール愛好会が8チームあり、櫻井さんはこのうちの1チームに所属して、リーグ戦を行っていました。「春と秋の大会の後には、この松原で懇親会をするのが楽しみでした」。

解体されずに残っている“かんぽの宿”周辺の松 (平成27年2月)

*東名運河:鳴瀬川の河口に建設した野蒜築港から松島湾まで開削した3.6kmの運河。野蒜築港は明治政府が建設に失敗し、幻の港になってしまいました。野蒜地区を東西に横断するこの運河は、北上運河、貞山運河と航路がつながっています。貞山運河・東名運河・北上運河は全長約49kmで、日本一の運河群です。

**四大観:松島湾に浮かぶ260余島の島々を一望できる名所が4箇所あって、これを、四大観(しだいかん)と言います。それぞれの眺めの印象を表す名称で呼ばれています。

***余景の松原:松島の景観から少し離れたところにあることから、伊達四代藩主綱村公が名付けたと伝えられている景勝地。